江戸時代を知りたいなら、古典落語を聴こう

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どうも、ライターの蛭田です。
以前「江戸時代は何が人気食だったの?」で、江戸町人に人気のあった献立の記事を書きました。
今回は江戸の町民たちがどんな暮らしをしていたかを、古典落語の噺を軸にいろいろ見てみます。

五代目古今亭志ん生と三代目古今亭志ん朝

五代目古今亭志ん生と、古今亭志ん朝


江戸に住んでいた人々の暮らしを知るには古い文献も重要ですが、古典落語がいちばんわかりやすい。
江戸時代中期から親しまれ、当時のはなしのままを現在につたえているわけですから。

身ぶり手ぶりや表情をつかっての表現が、躍動感があっていきいきと江戸の人々を描き出します。
聞く人の想像力をはたらかせてくれるので、思考のトレーニングにもなります。
ぼくは五代目古今亭志ん生が大好きなのですが、ぼくが生まれて間もなく亡くなられたので、リアルタイムで見たことはありません。
それでも音声からの語り口は、切れ味鋭く表現力がゆたかで、聴く人の心を躍らせます。


江戸町人の衣服

演目「妾馬」という噺は、主人公の八五郎がワケあって大家の紋付ハカマを借りにいくシーンがあります。
下駄の緒が切れてしまっても、博打打ちでしじゅうお金がないために裸足で歩くと言う。
紋付ハカマを着させてもらいますが、着方がまったくわかりません。
TVの時代劇はみな着こなしもオシャレな感じですが、身なりがよくない人は結構いたようです。

ちなみに当時の大工さんの給料がどのくらいだったのか。
「文政年間漫録」という文献には一日はたらくと銀5匁4分。今のお金でおよそ1万2000円でした。
年収にすると350万円弱。それほど贅沢な暮らしではなかったことが伺えます。
ちなみに高所得な職業は歌舞伎役者で、売れっ子は“千両役者”と呼ばれました。
千両は今のお金の価値で1億3千万円ほど。年収1億円プレーヤーといったところでしょう。


江戸町人の食事

「鮑のし」という演目では、魚屋が登場します。今のような冷蔵庫やクーラーなどない時代に意外にも今と変わらない種類の魚介類が登場します。
ただ、やはりはなしの流れからして保存がきかないためか、早いうちに売り切ってしまっているようです。
実際に文献にあたると、魚で食あたりをおこしている町人のはなしが散見されます。

演目「徂徠豆腐」では、『豆腐』や『味付きおから』が登場します。
のちに学問の祖となる、まだ貧乏な学者だった若き荻生徂徠(おぎゅう そらい)と豆腐屋、赤穂浪士が絡む感動的!?な噺です。

他にも、殿様が庶民の食べる下魚のサンマを好きになる「目黒のさんま」や、圧倒的に人気があったことを伺わせる“そば”の噺が多くあります。
また、江戸といえば『うなぎ』です。江戸落語の演目に「後生鰻」がありますが、もとになったのは上方落語の「淀川」という噺でした。
大阪の淀川河口は江戸時代ころは漁業がさかんでしたので、江戸だけでなく大阪でも人気食だったようです。


江戸町人の住居

演目「黄金餅」には、長屋で暮らす大家と店子(たなこ)たちが登場します。
当時は寺をもたず、托鉢で生計をたてる長屋すまいのお坊さんもいました。
この噺はお金にセコい托鉢のお坊さんと、そのとなりに住む金山寺味噌を売る金兵衛という男が主人公。

彼らの住む長屋はとてもせまくて、うすいカベ一枚で仕切られているだけ。
おはなしの中で金兵衛が「カベの穴からとなりをのぞいて見てやろう」といっているように、当時の長屋はとなりの様子が手に取るようにわかるほど音も筒抜けな環境でした。
プライバシーなどはないも同然、他人同士がまるで一軒家のような建物でくらしていましたが、良いこともあります。
「大家は親も同然、店子は子も同然」といわれるくらい、隣近所みな家族のようなもの。とても深い絆で結びついたコミュニティーができあがっていたことでしょう。
江戸庶民の心意気のようなところでしょうか。

そのほか住まいに関する演目は、「搗屋(小言)幸兵衛」や「らくだ」などがあります。


とにかく聴いてみてください。機会があればぜひ寄席にも足を運んでみてください。
ハマる人はハマります。
抱腹絶倒、ストレスもなくなります。


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